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Sho Sugiyama|杉山翔のブログ。自由に書きます。

野村證券を3年半で辞めました

      2014/11/25

wallstreet 

昨日9月30日をもちまして、3年半勤めた野村證券を退職しました。
そして、今月3日より、新しく立ち上げる会社の代表取締役として、パートナーと共に事業を行ってまいります。パートナーは、「商社マンと就職活動について考えるブログ」を書いている樋口幸太郎です。
若い人たちが自分の将来を真剣に考えるきっかけを与えられるような会社にできればと思っています。
事業の内容については、次回のエントリーで書くので、今回は、私が野村證券の3年半で感じたことについて記します。

多くの方に、なんで起業するか、なんで野村を辞めたのか、ということを尋ねられます。正直、理由はたくさんあります。前向きな理由もあれば、少なからず不満もあったからこういった道を歩んでいます。仕事の内容と新しい事業の関係性はもちろんですし、上司の影響ももちろん、決断した時の気分も影響していますし、3月11日の地震が私に与えた影響も大きいと感じています。

決断してからはあっという間でした。
今年の5月10日~13日まで業務としてボランティアで福島に行っていました。福島から、パートナーの樋口に「もうやっちゃおう」と話をしました。かなりあっさりしていたと思います。
その後、仲良くなったアメリカ人がたまたま物凄いプラグラマーで、突然システムの面で手伝ってくれたり、樋口が試しに開催したセミナーでは簡単に100人以上の人が集まったりと、決断する前も、してからも、多くの事が「たまたま」重なって、今のこうした状況にいるのだと思います。

『ブラック・スワン』のナシーム・ニコラス・タレブが言うように、「歴史とは、後から起こったことの効果を合わせて見た一連の事象のこと」であり、私が野村證券を3年半で辞めて起業するというのも多くの「たまたま」が重なって「たまたま」起きた事であり、その理由というのは後からいくらでもそれらしく言えてしまうものだというのが、私の正直な気持ちです。

それを踏まえた上で、今、私が強く感じていることを記しておきます。

まず初めに、私は野村證券という会社に対して、心の底から感謝しています。
そして、実際に他の会社で働いたことがないので他の会社のことは分かりませんが、野村證券は素晴らしい会社だったと思っています。以下のようなことを感じることができた、学ぶことができた、そういった意味で、心の底から感謝しています。

無から有のもの、0から1のものを生み出す尊さ。そのエネルギーの凄さ。

入社してから2年8ヶ月、支店で新規顧客開拓をしていました。所謂、飛び込み営業であったり、同じところに毎日のように名刺をおいたり、同じ人に毎週のように巻紙という決闘状のような巻物を送りつけたり、朝駆け夜討ちと言われるものをしたり、というあれです。今時そんなことするの、ということをしました。何も関係のなかった全くの他人と、ビジネスが始まる。何もなかったところから、何かが起きる。そのエネルギーは凄く、その仕事というのは一番尊いものだと感じていました。もちろん、人によっては、1を10に、100にする方が大事だという人もいますが、私は0から1を生み出すということに物凄い価値を感じていて、それが今回の事業の立ち上げにも繋がっていると考えています。

前を向いていれば、必ずいい事がある。

前を向いて進み続ければ、辛いことの後には素晴らしい未来が待っている。悲しいことの後には楽しいことが待っている。辛ければ辛いほど、いいことがある。精神論みたいですが、私がこの1年間、多くの学生さんに講義をさせていただいて、一番反応が良かったのが、この話でした。
控え目に言っても、野村證券というのは厳しい会社で、辛い思いをすることが多いのではないかと思います。それでもみんな、一生懸命頑張っている。辛い中、前を向いて進み続けるというのは、「螺旋階段」を登っているようなものです。同じところをぐるぐるぐるぐる回っているようだけれども、気がついた時に、高い場所にいる。ふと立ち止まって周りを見たときに広い世界が見えます。そして、辛ければ辛いほど、階段の一段が高い。
一度でも、高く登ったところからの素晴らしい景色を見てしまった人は、頑張れる。私の周りにはそんな人たちが多かったのではないかと思います。私自身も、これからも、前を向き続けていきます。

それでも、どんなに頑張ってもどうにもならないこともある。

どんなに頑張ってもどうにもならないこともあります。それでも絶対に諦めないこと。たとえ結果が報われなかったとしても、そこからしか得られないものがあります。
そして、最上最良の結果というのは、本気になって、絶対に諦めないという姿勢からしか生まれません。どうにもならないこともあるという辛さを知った上での底抜けに明るい人間になりたいです。

熱く、温かい人たち。

上記のような経験を、私とは比べ物にならないレベルと時間で経験している人たちが多く、そして、そういう人たちは熱く、温かい。
私が退職するということ話したとき、多くの上司・先輩社員が応援してくれました。「何かしら参考になることがあると思うからとりあえず会ってこい」と言って、無理矢理上場企業のアメリカ法人の社長とのアポイントを入れていただいたり、紹介してもらって初めてお会いした方が、初対面の私に、「僕が手伝えることがあったら何でもやるから遠慮なく言ってくれ」と言って下さったりと、熱く温かい上司や先輩が多く、その方達の知り合いの方も同じような方が多い。自分もそうなりたいと感じました。
そして、そんな「凄い」と思う人たちが多かった野村證券ですが、そういった人間を作っているのはお客様だということに気がつきました。一番凄いのはお客様だということです。

会社の利益

会社の利益ってなんなんだろう。企業というのは営利活動を行なっているので、会社の利益と言ったら営業利益です。数字です。これは紛れも無い事実であり、営業マンにとって、企業で働く人間にとって、数字というのは絶対神聖なものであり、何よりも公平に、客観的に自分を評価してくれるものだと思います。数字が人格を表すというのも嘘ではありません。私自身、営業を行なっていた2年8ヶ月、ただただ数字を求めて仕事をしていました。でも、その後の約1年間で、もっと大事なものがあることに気がつきました。
信用です。結局、数字というのは信用の対価であって、お客様からの信用を得ることが会社の利益だということです。そんな当たり前のことに気がつくのにも3年間かかりました。

3年間。

最後に、私が入社当時から何度と耳にした言葉があります。
「野村に3年いればどこでもやっていける」
あまのじゃくな私は、どうしてもそんなことはないだろう、と懐疑的になってしまいます。勝手に自分達が凄いと思っているだけなんじゃないか。実際どうなんだ、と。
私は、遊んでしかいなかった大学生活を送り、世の中を何も分からずに野村證券に入社しました。日経新聞だって入社するまで読んだことがありませんでした。そんな「今時」の普通の大学生だった私が、野村證券を3年半で辞めてどこまでいけるのか。
「野村に3年いればどこでもやっていける」
これを自分自身で証明することも、お世話になった方への恩返しの一つだと思って邁進していきたいと思います。
以上、非常に長くなってしまいましたが、今私が感じている事をそのまま記させていただきました。この気持ちを忘れずに、今後の事業活動を行いたいと思います。

photo credit: Wall Street by Manu_H, http://www.flickr.com/photos/ensh/3867767246/


 - 仕事, 日記

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Comment

  1. 青柳充高 より:

    僕も似たような経験があります。
    決断すると意外にもスピードが上がるといいますか、色んな事があっという間に過ぎて行きます。
    そして何かを成し遂げるための努力にはすごいエネルギーを使うのにそれが嫌じゃない!
    むしろもっとしたい!
    そんな気持ちになった事があります。
    僕は一度失敗しているので、杉山さんの起業が3年続いているのが、羨ましくもあり、また僕は杉山さんと同い年なのですごいと思います。
    一度お話してみたいですね!

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